留学生の声

 目   次

 コロナ下での留学生活      11名の外国人留学生の11通りの体験

 ISEP生として2020年11月末入寮したドイツ人学生からウエルカムキット事業への礼状


コロナ下での留学生活
       11名の外国人留学生の11通りの体験

 


コロナの影響下の日本と中国


彭博文 (国際日本学部研究生 中国)

 2020年の春から、中国の武漢はコロナのため、世界に広く知られていた。あの時、日本に留学し、同じ省の出身である私は、家族を心配しながら、日本の現状に満足した。が、2021年には、却って、家族に心配させ、日本の現状を心配することになった。コロナの影響下、日本と中国の相違点も深く感じた。

 まず、個人と団体について、中国人の認識では、日本人は『団体意識が強い』国であり、歴史上の原因で、政治関係が悪化した一方で、日本人の『団体意識』を見習うはずだ。だが、コロナの影響で、新聞のニュースを見、周りの人々を観察したら、『団体意識』というものは、今の日本人に忘れられたと意識した。緊急状況下、医療従事者の辞職、マスクをつけない人、自粛の宣言を無視し、飲み会を行うなど、日本では全然珍しくない。日本に反して、中国では、医療従事者は、ボランティアとして、武漢を支援し、24時間病院で働いた。『団体意識』というのは、自分自身の行動の『団体』への影響を考えながら、自身を検束することのみならず、『団体』のために自分の利益を犠牲にし、『団体』の利益を成就することである。
 また、自由と強制について、日本は中国より自由な国で、他人を妨害しない限りどんなことしても、社会に納得されることは事実だが、自分の自由のため、他人の利益を妨害する例が少なくない。日本では、強制性規定により民衆の行動を検束することは、まだできない。確かに、最初、中国政府の強制性規定、例えば、特別の職業以外、家から出ることできないなど、よく民衆に反対されたが、この効果が見える。コロナの感染経路を切断し、より拡大することを防いだ。だが、日本に住んでいる私は、日本政府が同じような施策をできないことも意識しました。中国では、団地に住んでいる人、また村(田舎)に住んでいる人は『団体』という形式で集まることができる。同じ団地に住んでいる人は、連絡用の『wechatグループ』があり、出かけなくても、情報を共有できる。さらに、買い物も、グループを中心として、一緒にネットで注文することできる。日本では、『連絡』が少ない、隣に住んでいる人さえ、連絡先を知らないことは珍しくない。自由を主張している民衆は、コロナの怖さを意識せずに、マイスタイルで生活している。現在の日本におけるコロナの感染人数が減った一方で、中国ではもうマスクをつけないまま、自由に生活できるようになった。
最後、日本は、今でも強国である一方で、コロナに対して『医療が発達』の優勢を表せなかった。返って、人数が多い中国は、短時間内で、感染人数を控えたことに、中国人としての私も驚かされた。

 



自宅にいても勉強に集中できるようにする試み

柏 匡 (大学院博士後期課程1年  中国}

 

 昨今のご時世の中、コロナ禍第5波においては行動制限が課されて、外出しようとする度に、「本当に外に出る必要があるか」と自問して出かけることを戸惑っていました。そのせいか、感染が比較的落ち着いている今も、出かける前についつい同じような思考パターンで外出する必要性を考えてしまいます。本来気軽に行けた大学の図書館にも最近ではあんまり行かなくなりました。自宅で勉強も研究もある程度できるので、なるべく他人と接触しない自宅で勉学に励んでいますが、どうしても効率が悪くなります。というのは、図書館には同じ勉学に没頭する人がいるので、少しさぼろうと思っても周りの人がみんな勉強しているので、自分も負けじと勉強しなきゃと頑張りたくなります。しかし、自分の場合は家にいると勉強に集中しようとしても30分ぐらいが限界で、すぐスマホをいじったり、テレビを見たりして、勉強を長く続けることが難しいと感じました。
こうして家にいると散漫しがちな自分でも最近色々工夫して、次の点に注意しながら、できるだけ家にいても勉強に集中するようにしています。

 (1)早寝早起き
 まずは基本的な生活リズムを作らないといけないと思います。一日中家にいると、誰かに時間を合わせることや図書館などの施設の利用時間に気を遣うことがほとんどなくなります。そのため、勉強時間と睡眠時間を自由に設定することができますが、これが往々にして生活リズムが乱れる要因になると思います。特に寒くなりつつあるこの季節では朝寝坊して、暖かい布団から出られず睡眠時間を多く取ってしまうと、大事な朝という勉強に適した時間帯を無駄にしてしまうことになります。自分にとっては、起きる時間が遅ければ遅いほど、勉強に対する意欲も下がっていくので、なおさら遅起きが禁物に感じました。

 (2)スマホの電源を切る
 勉強する時は手元にスマホを置いておくと、ついつい手をそこに伸ばしてしまいます。確かスマホにはいろんな勉強を助ける機能がありますが、ゲームや娯楽などの機能も同時に備わっています。たとえ最初はスマホで単語や資料を調べようとしても、いつの間にか動画を見たり、ゲームをプレイしたりするに使ってしまう経験はよくあります。このような注意力を勉強からそらす機械の電源を切ることで、少しでも勉強に使う時間を増やすことにつながると思います。

 (3)適宜に気分転換
 勉強はもちろん学生にとって大事この上ないことですが、1時間以上もすれば効率が自然に落ちてくると思います。そういう時には、家の周りを散歩したり、自炊のためにスーパーに買い物しに行ったりするといいと思います。こうした気分転換はぴんと張りつめた神経を和らげられると同時に、一日をより充実したものにすることも可能になると思います。

 以上3点が最近勉強に集中するために自分が実践している試みです。「言うは易く行うは難し」のことわざ通り、ただ口先で言うのは簡単かもしれないが、毎日決めたことを実践することは本当に難しいと思います。
 


自分自身と向き合う

韓 昇熹(大学院博士後期課程4年  韓国)

 コロナ渦で人と会う機会が普段より少なくなり、一人で暮らす時間が長くなった。私は、生活の大半を、興味のあるテーマの学術的なシンポジウムへの参加や志を同じくする仲間たちとの勉強会への参加準備に使っていた。しかし、現在ほとんどのシンポジウムがオンラインで行われている。また、zooomで勉強会をしている勉強会もあるが、その他の勉強会はコロナ事態が落ち着くまで延期することになった。一生懸命に勉強をしても意見交換を行う機会がないので、勉強への意志・意欲が弱まっていくのである。
 ここで、考えてみたいものがある。勉強会の中止などで学問に対する意欲が下がるということは、自分のなかで誰からも評価されたいという気持ちがあることを意味する。評価されたい欲望自体は悪いものではない。誰だって持っている感情であり、研究を続けるモチベーションとなることもあるだろう。しかし、評価されたい欲望の裏に隠されている感情も見据える必要がある。誰からも評価されたい気持ちというのは、裏を返せば、誰よりも優秀である優越感を感じたいことにもつながる。ここまで話が進むと、優越感を感じるために勉強をしているかのようにも考えるようになる。
 なぜ、そこまで追い詰めて考えるようになったかというと、誰のための、何のために私は勉強をしつづけているのか、ということについて考えこむことがよくあるからである。どこにも行かず、一人でごろごろする時間が多くなってきたから、しばしば今までの自分がやってきたことを振り返る時がある。言い換えれば、自分自身と向き合う時間が長くなったということである。勉強会ができなくなったことについてなぜ、それほど悔しく思ったのか、もしかして、誰かに見せるための勉強をしてきたことではないのかということに気づいたからである。本来、誰でも教えてくれない自分自身の問いに対する答えを探すために勉強をはじめたはずである。一刻も早くコロナ渦が収まることを願いながらも、コロナ渦は人々の移動を統制しているようだが、このように自分自身の研究と向き合う機会を与えたという点では得るものもあるようだ。
 ワクチン接種率が全国民の70%以上に達したにもかかわらず、韓国ではまだコロナ感染者が増えるばかりである。ワクチン接種さえできればコロナ渦は落ち着くだろうという予想は見事に外れてしまった。それは、比較的ワクチン接種率が高い欧米でコロナ感染者が増えているというニュースを見ても明らかである。
 しかし、なぜか日本ではコロナ渦が落ち着いて以前のように飲み会もできるようになり、まだ少人数であるがわいわい皆で話す機会が増えるようになった。オンラインで行われるシンポジウムは移動する手間と費用がかかることなく、有益な情報をすぐ手に取ることができる点では大変便利だが、やはり対面で行われないと議論が盛り上がらないだろうということを改めて実感するところである。いつかまた自由に海外に行って様々な国々の研究者と交流する夢見る日々を過ごしている。

 


コロナの下での留学

林燕燕(大学院博士前期課程2年 中国)

 私は2020年4月に博士前期課程に入学した中国出身の自費留学生です。入学したんですが、修士1年のほとんどの時間は母国で過ごしました。それは、コロナの影響で日本に入国禁止とされていたからです。
 そのため、留学しているとはいっても、留学の実感はまったくなかったです。毎日オンライン授業を受けており、インターネットの通信状態が不安定で、Zoomにつながれないこともしばしばあった。授業が終わったら先生、同級生とは会えなくて、コミュニケーションもほとんどなかったです。その他に、研究用の資料はなかなか手に入れなくて、研究は進んでいなかった。以上のようなことで、私の1年目の留学生活といえば、精神的な面につらいところが多かったです。
 その後、日本の水際政策が緩和され、ようやく日本に入国することができました。学業が順調に進めるようになりましたが、また新しい問題に直面しました。コロナの影響で、家庭からの送金が減少することに加えて、前のバイトを継続することができなくなり、経済的に厳しい状況に陥りました。このような厳しい状況を乗り越えようとして、生活の支出を削減する一方、難しくても新しいバイトを探しました。
そして、こんな難しい時期の中で、学校から温かい支援をいただきました。生活給付金と生協食券の配布、フードパントリーなど様々な支援を行っていただきました。このような支援のおかげで、経済的困難を乗り越えることができるだろうと思います。本当に助かりました。
 今後の留学生支援への要望としては、育児と学業を両立させる自費女性留学生に生活給付金を配布していただきたいです。このような留学生が育児のために必要なバイトができないし、奨学金の申請もなかなか難しいです。そのため、経済的な支援がなによりも必要です。経済的不安が解消できれば、精神的不安も大きく解消できると思います。
 その他に、日本での生活に関する情報、特にバイト情報の発信をして頂ければ幸いと思います。特に日本に来たばかりの留学生にとっては、まだ日本の生活に慣れていないので、バイトを探すのが難しいです。学校側から確実なバイトの情報をいただければ、バイトも速く見つけられるし、日本での生活にも速く慣れるようになると思います。



コロナの下での留学

チョウ カンゲン(国際日本学部3年生 中国)

 

 新型コロナウイルスは人々の生活に莫大な影響を及ぼしています。毎日マスクを着用したり、社交距離を保ったりすることは、もう生活の一部になりつつあります。留学生として、このようなことはもちろんありますが、他にもいくつかの困難に出会っています。
 例えば、去年の一年間母国に居たので、ビザの期限が過ぎてしまいました。そのため、しばらく日本への再入国はできない状態になりました。その時点はちょうど春学期の始まりなので、やむを得ずすべての授業をオンライン授業にしました。一方、春学期の授業のほとんどはオフラインで開講されていたので、受けようとしても、なかなか受けられないのは現実です。これを乗り越えるには、何人かの先生と50通ぐらいのメールを送り、二人の先生の許可を得て、対面の学生と一緒にオンライン授業を受けました。また、秋学期は日本に帰ったら、春学期より倍以上の授業を受講して、失ったものをできるだけ補うように頑張っています。
 もう一つ問題になったのは、賃貸の部屋です。私は日本にいないにもかかわらず、家賃は毎月引き落とされます。誰も住んでいないのに、ただお金を払っているのは、少しもったいないなと思いました。しかし、契約を重視する日本では、私の都合でお金を支払わなければいけないので、ずっと支払い続けてきました。私は中国でアルバイトをし、稼いだお金を部屋の賃金に使いました。日本に帰った日、まず一つ目にやったのは埃まみれの部屋を掃除しました。幸い、ゴキブリは発生していませんでした。
 今年の秋、やっと日本に帰ることができ、一年ぶりに友達に会えるのはとても嬉しかったです。みんなの笑顔は私の励ましになります。同時に、コロナ禍の中の日本は、中国と違うところも感じました。日本はもし感染者が出た場合、その人は重症ではない限り、自宅療養をさせるケースがよく見られます。それに対して、中国ではたとえ一人の感染者が出たとしても、その地域のすべての人は全員PCR検査をしなければなりません。自宅療養は絶対させません。自宅療養をすると、周りの人に移る可能性が高いので、早いうちに病院に入れます。また、電車に乗る時、周りの目に気にせず、全くマスクをしないおじさんをたまに見たことがありますが、大多数の人は、きちんとマスクを付けているので、安心できます。
 コロナ禍の中、数多くの人は大変な生活を送っていることはよく知っています。一日も早くコロナ禍は収束できるように心から願っています。


コロナの下で書いた修士論文

陈佳涵(大学院博士後期課程1年 中国)

 

 コロナの発生からもう2年が経ったのだ。昨年のこの日、私は修士論文に悩んでいた頃だった。あれから1年、春に咲いた桜も、秋に火のように赤く染まった紅葉も、冬の積雪の富士山頂も、私の記憶の中に何の痕跡も残していない。でも、226教室だけが、今までの思い出の中には、そのぽかぽかの暖房の暖かさと、耳の傍に響いていたクラシックのミュージックをずっと、感じさせてくれた。
 論文を書くのは決して簡単なことではない、と私はこういう実感を持っている。最初の資料収集段階さえも、コロナの影響が私たちの生活至る所で及ばしたと感じた。図書館は閉まったので、読みたい本が他の図書館から私の手元に回ってくるのに1週間掛かった。既に手元に届いたけれど、目の前の文字を見ているとすぐ眠気を感じた。去年の夏休みに私は論文を書く準備を始めた。むしゃむしゃした部屋に私は落ち着いて文章を書くことができなかった。だから学校が開いている時はいつも学校に行っていた。食堂も毎日開いているわけではなかったので、私の記憶ではその時あまり食事をちゃんと取ってなかった。多分、論文のプレッシャーで、お腹が空いていることすらも忘れそうになったかなと思っている。
 その後、学校では夏休みにフードパントリーがあり、たくさんの食材が配られた。私はいつも3~4個のバッグに、ゆっくりと十数キロの食料を詰めて持ち帰った。学校のガレリアで、人の背丈の半分もあるポテトチップスをチャンピオンのように持って立っていた。あれはあの夏休みの中で最もすばらしい記憶であり、そばの友達はみんなすべて私に対して羨ましい眼差しを投げてきた。ところが、すぐに指導教官が何処か急に出てきて、「論文は今どうなっている?」と私に声を掛けた、それも忘れられない記憶の一部である。
 夕方の頃、いつも本を持って公園に行って勉強した。 家よりも公園の方が涼しかったから、 夕方になると風が吹いてきて、池で泳ぐカモの姿が見えた。ただし、虫よけは必ずつける方が推奨なのだ。ところで、公園でニーチェの『ツァラトゥストラはかく語り』を読んでいたのを覚えている。なんか野獣を描写するシーンを読んでいると、まるでその場にいるように臨場感があり、そしてニーチェの「永劫回帰」という言葉に込められた深い意味が感じられる。ということで、私は非常に困難な状況で論文を書いている、ということがある。 夏よりも冬の方がもっと大変だった。暖房を使わないため、その時脳が凍りついたようになり、頭の中にそもそもたくさんあるはずの思考の泉もどんどん流れ出なくなった。 論文を書く上で、その頃は最も生産性の低い時期であった。 特に締め切り前の1週間、元旦あたりのことだ。 毛布にくるまってベッドで震えていたし、元旦というと学校が休みだったので、しょうがなくて一日中寒い部屋に閉じこもっていた。
 今一度、私の論文を振り返ってみると、これは今までの人生の中で最も完璧に書かれた作品だと思う。私の論文が指導者先生たちの心に響いたかどうかはわからないが、今、私は論文を書いたその辛かった経験に涙ぐんでいる。そういえば、コロナがなかったら、私の人生はどう変わっていたのだろうか?



              体験と観察を通じての提言

チンセン(国際社会学部4年 中国)

 

 今回のコロナにより、様々なイベントや活動が中止を余儀なくされました。多くの留学生が日本に入国できなくなり、遠隔授業を通して授業を受けるようになりました。また日本で在住の留学生の多くも、経済的な困難に直面するようになりました。たとえば、コロナの前にはアルバイトにより生活費を補う留学生が、シフトさえ入れることができれば生活費に困ることはありませんでした。しかし、コロナが来たあと、アルバイト先(特に飲食店)にとって人を雇うことがマイナスな面が多く、シフトを入れなくなったり、そして新規のアルバイトを見つけにくい状態となりました。最悪の場合、条件のよくないアルバイト(大学から遠いなど)を無理やり入れると、勉強に悪影響を及ぼすことになります。以前私の観察では、アルバイトがないとまったく生活できない留学生が、条件がよくなくてもアルバイトをしたり、そのため授業でもかなり疲れが出そうで、時々寝てしまいます。そんななかでも、授業で目覚ましのためたくさんの方法を試しました。
 今回のコロナは留学生だけではなく、日本人にもよくない影響をできいますが、しかし学生向けの支援や、大学内の援助がたくさんありました。日本にこれない学生にも遠隔授業で助けてあげました。大学内の相談のためのところをはじめ、フードパントリー、食券配布、さらには大学内の100円朝食もありました。その中でもっとも助かったのは、大学内の100円朝食と夜のお弁当です。私は、生活費を節約するとき、よく食事から節約しようとしていますが、どのようにバランスを考えながら節約することがよく知りませんでした。この100円食事がはじまる前に、私はよく近くのコンビニではなく、遠いスーパーでの食材を買っていますが、たまごとスパゲッティだけで、食材の種類は決して多くありませんでした。またお肉と魚はあまり買いませんでした。しかし、大学で販売された食事は、とてもバランスがよくて、魚もあってとても助かりました。
 この体験と観察を通して、わたしが日本での留学生に対する支援は、とても多いと感じて、留学できてよかったと思います。コロナは自分の留学生活に対しては一つの困難ではありますが、さまざまな支援によりあたたかさをも感じた機会でもあり、困難を乗り越えて成長する機会でもあります。もし一つの提言をするならば、私は衣料面での支援を提言したいです。私の観察では、古布として捨てる服の中でまだ着ることができることが多く、また大学での交換留学生が帰国する際にいらない服も多いと考えられます。そのような服を古布として捨てるのではなく、留学生支援会により集め、服を必要としている留学生に配ることはいいことかもしれません。これは衣料面の支援になるだけではなく、留学生支援会に金銭的な負担も少ないと思います。さらに、服をあげる人は小さなメッセージカードを書きたい場合中に書くと、服をもらう留学生もそのつながりを感じることがきできると思います。


コロナの下での留学生活

ユウティンティン(大学院博士前期課程2年 中国)

 2020年初、新型コロナウイルスが日本国内で拡大し、私たち外国人留学生の生活に大きな影響を与えた。これから、私が色んな面で受けた影響を述べたいと思う。
まず、元々2020年2月に1年ぶりに帰国しようと思っていたが、コロナのせいで、飛行機のチケットをキャンセルされて、結局帰れなかった。今でも帰りたくても、飛行機のチケット代が高いし、中国国内で2ヶ月くらい隔離しないといけない、総合的に考えたら、やはり帰らないようにした。母国から離れてもうすぐ3年目になる。これからどうなるか分からなくて不安を感じる。
 また、経済面に関してもいろいろ変わった。バイト先がドラッグストアで、いつも観光客に依存して営利している。しかし、コロナで観光客が入国できず、店がだんだん赤字になり、スタッフの給料も負担できなくなった。そのため、店の中のアルバイトしている人が全員解雇された。その後、新しいバイトが見つかるまで、結構苦労していた。家の近くにあるところは外国人より日本人を優先に雇うし、給料も都内より少ない。飲食店やアパレルなどを含めて14回の面接も受けて、やっと今のアルバイトに受かった。アルバイトがない間、府中市のフードパントリーという活動で食材や日用品をもらって何とか生きてきた。本当に心から感謝する。
ほかに、対面の授業がオンラインの形になって、通学が必要でなくなっていいのだが、在宅時間が長くなったから、寂しくてたまに独り言を喋るようになった。特に緊急事態宣言でお店は全部20時までになって、人が少なくて見たことない寂しい新宿が見えた。いつ普通の生活に戻れるだろうか。マスクを外したい、友達と旅行に行きたい、留学生活を楽しめたい!
 しかし、現実的にコロナがいつ収まるかわからない。これから、人類とコロナが共存する世界になるかもしれない。私たちができるのは、現実に負けず、自分にふさわしい未来を自分の手で作ることである。人類は意外と丈夫なので、いつか絶対コロナに勝つと私は信じている。
以上、私がコロナの影響を受けて経験したことである。

              コロナから立ち直った私

ショウシキン(大学院博士前期課程 1年 中国)

 コロナウイルスは2019年12月以後、中国湖北省武漢市を中心に発生し、短期間で世界に広がってしまったウイルスである。そして、中国の隣国である日本ももちろんこのウイルスの侵食から逃げられなかった。去年の4月に日本での感染者数が爆発的に増え、日本政府は緊急事態宣言を出した。
 この緊急事態宣言に伴って、日本でのニュースはコロナウイルス関連のものばかりになってしまい、そしてウェブで見られるニュースのコメント欄には中国人の悪口を書く人もたくさんいた。私は中国から来た留学生だから、このような差別的なコメントを見て、非常に心が痛んで一時的に落ち込んでしまって、生活も暗く感じて、何もしたくなくなってしまった。
 そして、このような状況で、私を立ち直らせてくれたのは、まず私の生徒たちだった。私はアルバイトで中国語を教えているが、以前から教えてきた生徒たちはこのような出来事が発生したにもかかわらず、中国語を習うのを諦めることなく、逆に私の家族や私に気を遣ってくれた。「ご両親は大丈夫ですか」と聞いてくれた。そして、コロナ期間中で新たに中国語の勉強を始める生徒もいた。彼の目標は中国に旅行に行くことだった。私は最初「なんで中国を嫌わないの?なんで私を差別しないの?」と不思議に思いながら、授業をオンラインの形で提供し始めた。それから、生徒たちの明るさに影響されて、だんだんネガティブな気持ちから目覚めた。そして、私は周りの日本人が本当に中国人である私のことを嫌がるのかを確かめようとした。その観察の結果は喜ばしかった。
  いつも通っている食堂のおじさんはいつも通り美味しい料理を作ってくれた。
  いつも利用している散髪屋のお姉さんはいつも通り綺麗に髪を切ってくれた。
  大学の先生や友人はいつも通り親切に接してくれた。
  大家さんはまた手作りのケーキを焼いてくれた。
  日本政府は多額の学習支援金を出してくれた。
 私が中国人であることにもかかわらず、周りの日本人は私に文句を何一つも言わずに私の留学生活を支えてくれた。これに気づいた時、私は久しぶりに微笑んで、そしてこう考えた。「生活の暗い一面だけを見てはいけない。ドイツ哲学者のシラーが言ったように、「太陽が輝くかぎり、希望もまた輝く!」。太陽がまだ輝いているから、落ちてもまた登ってくるから、私も立ち直って、日本に住んでいる一人の人間として全身全霊で応えないといけない」と思った。中国や中国語に興味を持ってくれた生徒たちに、私の生活を支えてきた人たちに、そして、何よりもこの日本社会に。

               コロナの下での留学

S(大学院博士後期課程2年)

 

 0.はじめに
 前回帰国してから5年目になった。
2019年の11月に航空券を購入して一時帰国の準備をした記憶は私の中にまだ鮮明に残っている。2年ぶりに帰国することを思うと眠れないぐらいワクワクしていた一ヶ月だった。しかし、同年度の12月初旬に第1例目の感染者が報告されてから、コロナは僅か数カ月ほどの間にパンデミックと言われる世界的な流行となった。そのせいで未だに帰国できていないまま。
往復の飛行機チケット代が60万円を超えているほか、日本の入国時の水際対策とは違って、中国は14日の自主隔離だけでなく、14日の自費隔離(政府指定の宿泊施設での隔離)もあるので、更に30万円ぐらいがかかる。23万円の学費を捻出することすらできない私にとっては、帰国は夢になった。
本小論文では、この帰国できないコロナ禍のなかで体験した留学生活の困難について少し語りたいと思う。

 1.2種類の「オンライン留学」
 新型コロナウイルスの感染拡大によって去年の3月以降、留学生をはじめとする外国人の新規入国は原則停止してきた。大学における学生交流の動きも無論止まった。
私の友達の中には、受験して合格して以来、2年間にわたって母国で待機している女の子もいる。彼女は私の留学体験を聞いて妬ましさを感じる一方、私はせっかく日本に来たのに対面で先生や友達と会えないということに苦しみながら終わりの見えないZOOM授業を受け続けてきた。
 母国にいながら遠隔で日本の大学の授業を受ける友達は、留学できているが日本にはまだ来られないまま。日本にいるが遠隔でしか大学の授業を受けられない私は、留学できてはいるが日本に来た実感はない。多彩なキャンパスライフどころか、毎月の家賃と生活費を稼ぐだけで精一杯だった。
 留学は、ただ言語や知識を得るだけでなく、現地の人との交流や、文化に直接触れることもできるという点が一番の特徴だと言われるが、このような「オンライン留学」は本当に満足に欠けると思う。しかし、このような特別な体験も、十年後、二十年後に思い出すと大変貴重な思い出になるのではないかと思われる。
 
2.経済面
 現在は世界各国がコロナ危機による落ち込みから回復の動きを続けているが、言うまでもなくこの2年間はコロナで経済的な打撃を受けた人は少なくなかった。私は学生であって大きな経済的損失とは言えないが、コロナで仕事を失い、収入が半分以上減ったことがあった。
 2018年の春から、私は大学との連携で、ユニクロの本社で中国から研修に来た中国人店長たちに日本語を教えるプロジェクトに参加し、約2年間ぐらいそこで日本語を教えていたが、コロナの影響で中国にいる店長が来日できず、そのプロジェクトはやむを得ず無期限休止になってしまった。そのため私は仕事を失い、一時期貯金だけで生活することになった。
 無収入期間中の面白いエピソードとして挙げられるのは、ある日毎月3400円の国民健康保険料の支払い用紙が届き、そんな余裕がないので急いで市役所まで行って税金の免除を申請した結果、翌月に改定後の支払い用紙が届いたが、前年の収入が割と高いので、月に7100円になってしまった。当時は本当に困っていて、その新しい支払い用紙を手に握ってバスで移動中にもかかわらず涙がボロボロと落ちていたが、今は面白い留学体験談としてたまに人に言うようになった。

 3.コロナの下での婚活
 今まで恋愛経験なしの私は、今年の10月1日から、29才になった。
 女の子としてはそろそろ婚活しなきゃいけないかなとか思う年齢だが、コロナで良い出会いがなかなかないので、今年の3月にいったん帰国してお見合いとかしようかと思ったが、冒頭に述べたように、帰国が困難な時期でもあるので、今は学業を優先して博論に没頭している。
周りには、同じような境遇にある友達が何人もいるので、みんなで励まし合いながら頑張っていきたいと思う。

 4.終わりに
 以上、コロナの下で私が体験した困難などについて述べてみた。色々とあったが、人生は様々な体験・経験を経て、彩りを得る過程だと思うので、特別な人生体験として大切にしていきたい。

 

コロナ下の友情

楊柳岸(大学院博士後期課程3年生)

 

 いまでも、2019年12月31日の夜、友達たちと一緒に家で手作りの火鍋を食べながら、テレビ番組を見て、翌日一緒にディズニーランドで楽しく遊んでいたシーン、また、その時、2020年は良い年を心から祈っていた気持ちをも鮮明に覚えている。しかし、そのあと、全世界は変わった。最初の時、コロナがもうすぐ収まると思ったが、緊急事態宣言によって、はじめて、コロナの恐さを実感した。特にオンライン授業が始まった後、日常的な生活もできず、友達たちと会えず、毎日狭い部屋に閉じこもっており、外での時間もマスクを掛けなければならない。長い間、国の両親に会いたくても帰れない。こんな毎日を送っていた私の精神状態はだんだん悪くなって、鬱病の傾向も出てきた。
 昨年の6月、梅雨の季節に弱い私は太陽の光さえも楽しめないため、一人泣いたりして、抱え込んで、人生の意味とは何だろうなどの問題ばかり考えていた。その時、外大の知り合いとの話を契機に、一緒にzoomで読書会を始めました。その中には、コロナで中国に滞在していた後輩、同じゼミの知り合い、他の大学の人もいる。一緒に興味のある本を読んで、好きな話題について話す。皆は多少コロナの関係でストレスがたまっており、落ち込んでいる。しかし、こういうオンライの時間のお陰様で、面白い話をまわすことによって、憂鬱がすこしずつ紛らされる。
 生活の面では、コロナの関係で大きな影響を受けた。私はもともと中国人向けの塾でバイトしていた。入国制限の関係で、塾の営業は影響された。その結果、私の収入もだいぶ減少した。それまでの生活は裕福とはいえないが、好きなままに生活をしていた。お金のことで心配したことはなかったので、貯金も殆どなかった。正直に言うと、昨年にいたって、「諸行無常」という意味がはじめてわかってきた。この先の道への不安を抱えつつ、一人で生活を維持しなければならない現状に直面している。読書会の友たちはいろいろな節約術を教えてくれた。毎日の生活費も大幅に減少した。その上、外大は様々な支援を提供してくれた。何回も開催されたフートパントリーは本当に役に立った。毎日の食事を安く済ませることができた。
 今現在、コロナ生活はまだ続いているが、私は昨年ほど怖がっていない。何故ならば、一緒に闘う友達がいるからである。それだけではなく、災難に対抗できる勇気を持っているからである。「塞翁が馬」という諺のように、災難はある意味では、転機ともなれる。これからも、より積極的に窮境とピンチに向き合って、そして、友達と一緒に手をつないで乗り越える。
 

 ISEP生として2020年11月末入寮したドイツ人学生からウエルカムキット事業への礼状

 

 私の来日は大変な困難を伴うものでした。
そもそも東京外語大学のご担当者さまから、必要書類(誓約書)をお送りいただいたのは、ドイツ出国の約二週間前で、そのため私は非常に長い期間、留学が実現するのかどうか、不安な日々を過ごすこととなりました(もちろんコロナ禍中に留学生を受け入れることで生じる、大学側のリスクはお察しいたします。また、来日を望む全ての留学生にとって、受入機関の負担となるのは本望ではありません)。
 くわえて私の家族も、私の留学に不安を抱き、断念するよう勧めてきました。

 それでも私は留学を諦めませんでした。
 入国後の経験は、出発前のそれより良かったです。
成田空港、送迎用タクシー、国際交流会館、いずれの場においても、出会った人は皆親切で、敬意をもって私に接してくださいました。留学開始時の膨大な書類作成も、大学の方のご助力のおかげで無事に済みました。

 先生がお尋ねになられた会館での自己隔離期間も大変快適でした。
 ドイツの一般的な下宿よりも多少手狭な印象は受けましたが、設備はとても整っていたと思います。冷蔵庫はドイツのより高性能で、個人部屋なのに浴槽が付いていた点に感動しました。
 規則上、外出出来なかったのが辛かったですが、家族に電話を掛けることで気分転換いたしました。くわえて自己隔離期間中には、食事や生活必需品もご支給いただきました。もしこのご高配がなければ、私はいったいどうなっていたでしょう。
 ドイツから日本までは非常に遠く、飛行機には重量制限もあります。来日後に自分で買おうにも今はそれすら出来ません。
 一応、ドイツから「お米」を持参していたのですが、入管法の関係で入国時に捨てざるを得ませんでした(事前に関連Webサイトを確認していたにもかかわらず、私は日本へのお米の持ち込みが禁じられているのを知らなかったのです)。
このような状況下で、留学生支援の会のお差し入れは大変心強く、おかげさまで安心して生活することができました。
 留学生課の方々が、外国人の食の好みに留意してくださっていたのも嬉しかったです。
 以上の支援をご提供くださった皆様に、心よりお礼を申し上げたく思います。

 ところで、先生は先日お会いした際、私に「新しく来る留学生に関する提言」も求められました。ですので最後に、ご支援ではカバーしきれなかった点も書き添えさせていただきます。
 まず、食事につきまして。日本人の平均的な食事量は、外国人にとっては「少なく」感じられるようです。また、焼き菓子のご提供は本当に嬉しかったのですが、実用性の点ではインスタントラーメンに軍配が上がりました。
つぎに掃除用具につきまして。自主隔離期間中、私はスポンジや洗剤などの掃除用品を通信販売で購入しました。これはお貸しいただいた部屋を清潔に保つためです。
 また自炊は大変だったので、ナイフも注文しました。

 色々と書かせていただきましたが、このメールが少しでもお役に立てば幸いです。
 改めて暖かいご支援ありがとうございました。
 今後ともどうぞよろしくお願いいたします。